こどもの育ちを支える…気質のはなし

(過去の講演録から抜粋して掲載いたします。)

やっぱり深くて面白い! 気質の話

 昨年度に引き続き、今年度も「シュタイナーを知る」というテーマをさらに掘り下げていきます。今回取りあげたのは、人間の気質を四つに分ける、シュタイナーの「気質」の考えです。初心者にとっては興味がわく一方、一見まるで血液型占いのようで、抵抗感も覚えがちなものではないでしょうか。今回、この「気質」というものをできるだけ我が身に引きつけて誤解なく理解するために、こどもの園の教師である鈴木まゆみ先生と宮地陽子先生からお話を伺うことにしました。
 インタビュアー が独占するにはもったいない貴重な機会です。在園保護者の皆さんもお誘いし、土曜の昼下がり、さくら園舎にて公開インタビュー『気質座談会』が実現しました。我々こどもの園の保護者にとって身近なシュタイ ナー教育の専門家であり、また母親業の、人生の先輩でもある先生方の視点を通して「気質」について学んだ座談会。興味深い内容はもちろん、先生方の魅力あふれる語りの数々をお楽しみください。

Q.そもそも、「気質」とはなんですか?
鈴木:人間の気質を四つに分ける考え方は、シュタイナーが初めて提唱したものではなく、古代ギリシアやインドなどで、昔からあった考えです。シュタイナーは独自にそれを深め、発展させたのです。胆汁質、多血質、粘液質、憂鬱質。人間の気質はこの四種類に分けられるとシュタイナーは考えました。体つきから歩き方、人間関係や物事に対する態度まで、さまざまなところに気質ごとの特徴が出るといわれています。

四つの気質をひとつひとつ、見ていきましょう。ただし、後で詳しくお話ししますが、これからの説明でお話しするのは、子どもといっても、幼児期というより学童期の子どものことです。

胆汁質の人は、地水火風でいうと、「火」に例えられます。リーダータイプで燃えるようにエネルギッシュ。今風に言えば、目力がある人ですね。かかとで地面に穴を掘るようにしっかりと歩く。世界のことや未来に関心がある。困難にトライしてそれを乗り越えるのが好きですから、胆汁質の子にはいつもやや困難な課題を与えるのが良いとされています。

多血質は「風」に例えられるとおり、ひとところにとどまらないイメージです。
幼児期の子どもは多血質の傾向が強いと言われています。軽い足収りでぴょんぴん歩く。 生き生きと、すべての人に親しげで移り気。興味があるのは、今この瞬間だけ。まさに子どもの姿そのものですね。親はつい「いつも言ってるでしょ、何度言えばわかるの?」と小言を言いたくなりますが、そもそもの気質として移ろいやすく、今にしか興味がないのですから、覚えていろと言う方が無理なのです。何度でも繰り返し言ってあげるしかありません。

粘液質は「水」に例えられます。液体のイメージ通り、動作はゆっくりしています。食べるのが好ぎで、眠たげ。粘液質の子どもは、教師からすれば手ごわいです(笑)。
自分の外部への興味が乏しく、ぼ一っとしていて、呼びかけても反応しない。本人は自分の世界の中で幸せなのですが、教師はその子をどうやって外の世界へいざなおうかとあれこれ考えます。ただ、言いつけをきちんと守るので、なにか頼むと着実にやってくれる、という良い面もあります。もっとも、いくら粘液質っぽい子どもがいても、幼児期の子どもは多血質の傾向が強いので、本当に粘液質だけの子どもというのはいないと考えたほうがいいと思います。

憂鬱質はまさに憂鬱です。「地」に例えられるとおり、ずっしりと重く、うなだれている。憂鬱になる話が好きで、語尾まで完成せずに消え入っていくような話し方をします。関心の対象は自分自身のこと。過去を振り返るたちです。

なお、気質には星とのつながりもあります。一般的な星占いも、火の星座、水の星座という具合に、気質と同じく地水火風に例えられますね。それをそのまま、例えば火なら胆汁質という具合に読み取ることができます。ご自分の星座はみなさんご存知かと思いますが、占星術では、それと合わせて、その人が生まれたときに月や太陽系の惑星が十二宮のどこにあったかということが用いられます。それを気質に置き換えてみると面白いですよ。生まれたときの星の配置を調べ、地水火風、つまり四気質のそれぞれに星がいくつずつ入っているか数えてみると、その人の生まれ持った全体像としての気質が浮かび上がってくるというわけです。

人付き合いをする上で、気質に溺れてしまってはいけません。けれど例えばなにかあったときに、「ああ、あの人はあの気質だから、ああなのね」と、気質のせいにしてしまえば、腹も立ちません。少し楽になれますね(笑)。
個々人の持つ気質というのもありますが、気質とは人生の各ステージにおいて特徴的に表れてくるものでもあります。変わらない部分もあれば、だんだん変わっていく部分もあります。そんなことも今日はお話しできたらと思います。


Q.幼稚園の保育において、「気質」はどのように扱われているのでしょうか?

鈴木:気質の考えは大人にも子どもにも用いられます。しかし、まずお話ししておきたい肝心なことは、幼児期の子どもには気質の考えをあてはめられない、そうすべきではない、ということです。なぜなら、幼児期の子どもには個々人の気質というものがまだはっきり現れていないからです。幼い子どもは体ぜんぶで周囲を模倣します。お母さんとまだ密接にくつついていて、一体の状態です。だから、お母さんそっくりで、お母さんの気質をそのままかぶっているお子さんが、とても多いのです。幼児期の子どもについて考えるには、その子本人だけでなく、家庭、環境をひっくるめて見なくてはなりません。 もちろんひとりひとり性質は違いますし、お母さんの気質をかぶる度合いもそれぞれですけれどね。子ども本人の気質がはっきり姿を現わすのは、歯の抜け変わりの後、六歳 から八歳のころです。

宮地:幼児期には気質の芽生えがあります。幼稚園に人る前は、みんな「ぼわん」と漂っていますが、ひまわりクラス(満2歳)からさくらクラス(満3歳〜5歳)ヘ巣立っていった子供たちの姿を見て、おどろくことがありますよ。まるで違う質が出てきていて、「ああ、内にはこんなあなたがかくれていたのね」と。小学校へ上がった子に久々に会うと、なおさらです。まるで別人のようになっていたりします 。学童期になると、気質は様々な場面で現れてきます。例えば絵を描くことからもその子の気質がわかります。シュタイナー教育においては、心と体の調和を大切にしており、気質の考えも積極的に取り入れています。

鈴木:具体的な例を挙げると、子どもの気質ごとに違うフォルメンを描かせるということがされています。そうすることで、その子の気質を和らげるのです。たとえば、胆汁質の子には、角ばった線からだんだん丸い線を描かせます。多血質、粘液質、憂鬱質、それぞれの子どもにふさわしいフォルメンがあります。

宮地:ですがそれは、気質のはっきり表れてくる学童期に入ってからです。わたしが担当している未就園の子どもたち……ひまわりクラスに通う二歳の子どもたちに大切なのは、芽生えつつあるその子の気質を、安心して発揮させてあげることです。まずはその子らしさを受け入れる、ひまわりクラスはそういう場でありたいと思っています。

鈴木:さくらクラスでは、そのまま発揮させるばかりではなく、ときに、「ちょっといきすぎているな」と判断して、それをわざと抑える場合もあります。でも、ひとりひとりの子どもを気質という型に当てはめて考えることは、していません。型にはめて決めつけるのは簡単ですが、「あの子は○○気質だから」となんでも安易に片づけて、肝心なものを見落とす危険があります。

『子どもの体と心の成長』(カロリーネ・フォン・ハイデブラント著)に「気質に対抗してはなりません。気質はその子の所有物なので、頭皮から髪を引き抜くようなことはできないのです。」と書かれているとおり、気質はその子が持って生まれてくるものです。

気質の芽生えはあり、幼稚園の年齢でもたしかに「ある気質っぽい」子はいます。ですが、今はまだ名づけるべきではないのです。本当にその気質がその子のものなのかは、柔らかい目で見ていくべきだと思っています。なにしろ今はまだ、度合いはそれぞれですが、お母さんの気質をかぶっていますし、天候ひとつにさえ左右されるという子どもたちなのですから。雨の日の保育室なんて、まるで動物園みたいなんですよ。ね、高橋先生?

高橋: (大きくうなずいて)はい(笑)。鈴木:もう、すごいんですから。
ー同:(笑)

鈴木:ですから、その子の人生として、自由な営み、あゆみを尊重していきたいと考えています。気質に当てはめるよりも、その芽生えを「その子らしさ」と表現したいのです。「よくしゃべる」とか「おとなしい」 とか、ひとつひとつの個性を、そのまま受け取ることにしています。保育の場面で子どもたちを観察していると、ひとりひとり違って、本当に面白いですよ。コップの並べ方ひとつ取っても、違います。なにをしても「その子」です。ね、高橋先生?

高橋:はい、本当に(笑)。面白いです。

Q.では次に、幼稚園の先生としてではなく、母親業の先輩としてのお話を伺えたらと思います。子育ての中で、お子さんの気質とどのように向き合ってこられましたか。

宮地:わたしには三人子どもがいます。もうみんな成人しましたが、三人がまだ幼かったころ、ある鍼灸師の方から、「家族の中で一人だけ気質が違うから、注意するんだよ」 とアドバイスをいただいたことがありました。その言葉通り、子どもたちが成長していくにしたがい一人だけ違いが際立つようになりました。他の家族の気質が優先されがちで対応が不十分だったかなと、後悔の念がありました。ところが、思春期には大変ドラマチックな反抗期があり、そのお蔭でお互い歩み寄ることができたのです。やり残したことを収めるチャンスは与えられるのですね。母親として伝えたいのは、あらゆる場面において「ある気質を帯びた、わたしがものを見ている」ということです。 人がものごとを見るとき、そこには常に、自分の気質というフィルターがかかっているのですね。だからこそ、中庸、客観的であるよう心がけたい。わが子について語るとき、不足・不満な表現をつい使ってしまいますが、それをポジティブな言葉に置き換えてみるといいですね。否定的ではなく、喜ばしい側面を見てあげたいものです

Q:絶対的な客観はない。つねに主観が入っていることを意識するとよいということですね。

鈴木:わたしには子どもが二人います。上は女の子で下が男の子、二歳違いです。二人とももう独立しました。自分の気質については考えるのですが、気質を基準にして自分の子どもを見ることには、興味がありませんでした。なので、我が子の気質というのはあまり意識してきませんでした。二歳違いの子どもというのは、まるで横並びのように 大きくなっていくので、二人の違いはとてもはっきりしていました。わたしはそれを、気質というより……ちょっと変な言い方になりますが、天才型と秀才型という感じで見ていました。ゴールにたどり着くためのアプローチの仕方が、二人はとても違うのです。一人は物事を瞬時にパッとつかむ子で、もう一人は時間がかかってもあきらめずにゴー ルにたどり着く子です。子どもはあっという間に親から離れていきます。小学校へ上がったとたん、そうなります。ですから、その子がそういう子であるということを認めて、見守ることを大切にしてきました。見ないふり、とも言います(笑)。

宮地:そうね(笑)。わたしは、子どもがもう成人しているのに、いまだに口を出したくなります。でも、ぐっと我慢して、言いません、でも発信してる? (笑)

鈴木:母親って、つい一生懸命になりすぎるものです。「こうなってほしい」という気持ちが強くなりがちです。その子なりの姿を、ただ「愛おしい」と受け入れること。その子の開花をゆっくりと待つことが肝要です。

Q:シュタイナー教育のプロであるお二人ですが、専門の知識を子育ての場に活用するようなことはなかったですか?

鈴木、宮地:ないわね(笑)。
Q:たとえばフォルメンとか……(笑)
鈴木:しない、しない(笑) !
宮地:しないわよ(笑)。

鈴木:母であるわたしが家でも先生のままでいたら、子どもが息苦しくなってしまいます。家庭は家庭、幼稚園は幼稚園です。家庭は「その子がどうなっていくかはその子の道」と受け入れて見守る場であるべきです。

宮地:気質の考えに、家庭ではとらわれすぎないようにしたいですね。学校は気質の調和をとるためのアプローチがなされますが、家庭は「そのままでいいんだよ」と子どものすべてを認めてあげる場、まずはその子らしさが発揮できる場であってほしいです

鈴木:ふたたび『子どもの体と心の成長』の抜粋になりますが、「子どもを育てる人には、 眠る前に、その子どもの姿を心に浮かべて、その子がどのように歩くか、どのように手を動かすか、どのように笑い、泣くか」という細かい点にいたるまで思い浮かべて、そのイメージのなかに沈潜することをお勧めします。子どものありのままの姿を観照的に受け人れるのです。そのようにしていると、その子どものイメージがどのようになりたいかを語るようになるのです。」これを実践してみるとよいと思います。「こうなってほしい」という気持ちが混じると、イメージがゆがんでしまいます。ありのままの姿を見るのはなかなか難しいことですが、ジャッジをしないというのがとにかく大切です。

【自分を愛し、他者を愛するその標として・・】

Q:こんどは人生の先輩として、ひとりの大人として、気質についてのお考えをお話しいただけますでしょうか。

鈴木:今日のお話の中で、皆さん、わたしと宮地先生の気質についても見えてきたかしら……(笑) わたしと宮地先生、それぞれまったく違う気質を持っています。でも、持って生まれた気質もありますが、その人生のステージごとに変わっていく部分もあります。長い人生にはいろいろな段階があるのです。年齢を重ねて、今わたしは、いわば人生を「裏付ける」年代に入ったと思っています。 気質も、そのための観点のひとつです。
最近、宮地先生の星のことをちょっと……

宮地:まあ、見てくださったの?

鈴木:いいえ、見ていません!見てませんよ(笑)。宮地先生の気質、星、年齢など、いろいろなことをまとめて、俯廠的に眺めてみたのです。そしたら、「ああ、宮地先生がああいう人生の決断をなさろうとお考えになったのは、これこれこういうことからきていたのか」と、すっと腑に落ちたことがありました。人生の謎に触れたような思いがしました。そして、宮地先生のことを、とても愛らしく思えました。他者を知ると、その人の人生を、なんて愛らしいのだろうと思います。その人への愛が深まるのです。

宮地:鈴木先生がわたしの人生について触れてくださいましたが、わたし自身もバイオグラフィワーク《注:人智学の人間観と世界観に基づくソーシャルアート。シュタイナー教育の基本でもある7 年周期に沿って、個々人の生の軌跡「バイオグラフィー」を読み取っていく。グループワークを通して人間の存在の意義を学ぶ、自己教育のプロセス》を行ってきました。生い立ちからこれまでの歩みを振り返ってみると、「自分が今課題としていることは、ここで種がまかれていたのか」と、人生を理解する手助けになります。 そしてワークを通して、他者の人生とも出合うことがでぎます。

鈴木:気質も、人を知る上での、一つの要素です。わたしと宮地先生はこの園で、長く同僚として手を携えてやってまいりました。でも、同僚という特定の役割だけでなく、気質も含めた広い目線でその人を見ることで、その人がかけがえのない人となるのです。 他者の人生を愛おしみ、そうして愛おしいものが増えることで、自分の人生も豊かになります。「思考から出発する時のみ、自分の歩む認識の道を見つけることができる」というシュタイナーの言葉があります。他者を知ることで、思考が活発になり、それによって他者に対する理解が深まります。気質も、相手の人生に寄り添うための、きっかけの一つ。理解を深めるための前提となる知識の一つなのです。「気質」によって相手を型にはめて判断し、思考停止に陥るのは、一番残念なことです。「判断」材料ではなく「知識」 として持つということが大切です。

宮地:皆さんおわかりかと思いますが(笑)今のわたしは若い頃の多血質が遠のき、次第に憂鬱質や今まで意識しなかった粘液質の要素があらわれてきて驚いています。このようにその年代に強まる気質の波があるのです。大人にとって、気質とは「超えていく」 ものです。自分の気質をよく知ったうえで、それを否定するのではなく、克服していく のです。

鈴木:そもそも、一つだけの気質で出来上がっている人はいません。大人になるほど、 気質はすべての要素が混ざり合っていくものです。授かったものとして活かしていくの が大切です。生まれ持った気質というものがあっても、ひとりの人が生きる人生は、そ の人しだいなのです。まさに自己教育です。

鈴木まゆみ
東洋英和女学院でキリスト教保育を学ぶ。教会付属幼稚園、在アルジェリア日本人学校幼児部などで担任教師として働く。結婚出産後、森尾敦子氏主催のシュタイナー幼児教育者養成コースを修了。2 0 0 3 年より 横浜シュタイナーこどもの園教師。日本シュタイナー幼児教育協会理事。現在、2 人の子どもが巣立ち夫と猫 2 匹と暮らす。ライヤー、健康オイリュトミーを学び中。

宮地陽子
ドイツ・シュットガルトにてシュタイナー幼児教育者養成ゼミナールを修了。帰国後、 横浜シュタイナーこどもの園にてクラス担任。その後家族で渡独、フェルバッハ・シュタイナー幼稚園に勤めつつ、教会・自宅で親子の集いの場を開く。帰国後再び、横浜シュタイナーこどもの園に勤務し、現在は未就園児クラス担任。地域にむけて"共育ち・ひなた “を主催。家族相談士、バイオグラフィーワーカー。