こどもの育ちを支える…衣服と感覚

 生活のリズムを整えることは、子どもとの生活の中で大変重要で意味のあることです。食事の時間、寝起きの時間…。まず大人が見通しを持ち生活していくことが必要です。

 0歳から7歳までの子どもは目の前にあるものに、興味関心があり次から次へと遊びます。生活そのものが遊びなのです。気に入ったことは繰り返し楽しみたいのです。

 1日中動き回り遊ぶ子どもの衣服について考えてみましょう。
 こんな話を聞くことがあります。
「子どもが『どうしてもこの洋服を着て行きたい』と言うので、朝からけんかになります。自分でその日の着る洋服を選ぶのですが良いでしょうか」
「今日はまだ暑くないのに半袖で行くというので着せています」
「遠足なのにスカートがはきたいと言うので困ります」

 急いでいるときにこんなことがあると「もう勝手にしなさい」と言いたくなりますね。
まだ寒いのに半袖を着る。がけを登るのにスカートが良いと言い張る。よそ行きの服なのに普段に着たがる。ズボンにベルトをしたがる。晴れなのに長靴を履きたがる。傘を差したがる…などがあります。例をあげればきりがないでしょう。
 聖書の創世記にアダムとエバ(イヴ)の話があります。採ってはいけないと言われていた木から果実を採り食べてしまいます。すると目は開け自分達が裸であることを知ります。そしていちじくの葉をつづり合わせ腰を覆うのです。アダムとエバは裸であることがわかったのです。これが知恵を得た結果でありました。ぽんやりした意識状態とでも言うのでしょうか。それ以前は自分達が裸であることがわからなかったのです。
 さて、子ども達はどうでしょうか。幼い時は何を着せても文句を言わなかったのに。だんだん自分というものがあらわれてきて色々な場面で主張するようになります。いやだいやだと主張するでしょう。喜ばしいことです。大きくなりました。けれども幼い子どもに大人と同じように状況に応じた判断選択が出来るでしょうか。手足を使い活動する子どもに心地よさを与える衣服を大人が選んであげましょう。子どもの生活の快適さと健康を守るためにふさわしい衣服が必要です。
 植物を考えてみましょう。植物の種はどうなっているでしょうか。あさがお、ふうせんかずら、ひまわり等形態は異なりますがどの種もむき出しではありません。さやに包まれています。りんご、梨、桃など果実は果肉の中に種があります。種を土にまけば大地が発芽までそれを覆います。動物はどうでしょうか。たとえば鳥は羽で覆われています。動物は毛皮で覆われています。または硬い殻で覆われているものもあります。
 人間を覆っているものは皮膚です。肌は日に当たりすぎれば日焼けでひりひりし虫に剌されれぱ赤くなる。寝不足や内臓の調子が悪いとき、ストレスなども原因で肌にトラブルが現れることがあります。辛い香りを嗅ぐとすぐに汗をかく人もいることでしょう。私達の皮膚はとても繊細で敏感なのです。そして皮膚は触覚と結びつき感覚を広げる窓口ともなります。体は高温や冷えを常に調整する力を持っています。周囲の気温がたとえ不安定でも人間は安定した平熱(体温)を保つ事が出来るのです。たとえば寒くなったからといい熊のように冬眠なんかしないのです。寒さに縮んでしまうことも、暑さで溶けてしまうこともなく中間の領域にいる事が出来るのです。人間が活動するにはこの均衡が必要です。暑さと寒さを調節す能力は0歳から7歳までの間に徐々に獲得されていくといわれています。その助けとなるのが衣服です。暑い夏は涼しさを保つ服、寒い冬は暖かさを保つ服が体温調節をすることを助けます。

 シュタイナーは、感覚は12感覚あると考えました。感覚には次のようなものがあります。触覚、生命感覚、運動感覚、平衡感覚、嗅覚、味覚、視覚、聴覚、熱感覚、言語感覚、思考感覚、自我感覚の12です。聞きなれた五感以外にもこんなに感覚があるというのです。その中に熱感覚というのがあります。熱感覚は物の熱さ・冷たさ、周りの温度を感じる感覚です。それは単に物理的な知覚だけではないのです。
 「冷たさや暖かさを知覚することで内的に感じることがある。冷たさは私達を縮こまらせ、暖かさは私達を拡げる。冷たさは魂を冷やし、暖かさは魂を鼓舞する。」(人智学講座「魂の願・十二感覚」アルバート・スズマン著耕文舎+イザラ書房参考引用)

 暖かさを感じることは受け入れられたのだ、との思いを抱かせ、冷たさには拒絶された、との思いを抱かせるのです。私達の体は自律神経の働きで体温を調節しています。暑いときは汗をだし体温の上昇を防ぎます。寒いときには血管が収縮し熱を逃がさないようにするのです。夏の冷房や冬の暖房は快適だからと使いすぎると健全な汗を出す機能や熱を作り出す機能を育てなくなってしまいます。
 また熱感覚により知覚される事柄は体が感じると共に心にも響いているのです。寒さにより体を鍛えるのではなく暖かさにより体を包みこむ事がこどもには必要になってくるでしょう。なぜならば冷たさに鈍感になることは暖かさにも鈍感になるのです。そして人間の暖かさにも感覚が鈍くなるのです。
 民俗学者の柳田國男によると近世になり木綿が衣服の素材として使われはじめ、このことが国民の意識を変えたとさえ言われているというのです。たとえば麻の布を着ていたときは荒々しい感覚であった。ふっくらとした木綿を着ると物事に感じやすく敏感になったと言うのです。麻を身につけた感じと木綿を身につけることと私達は肌で感じることを体全体でその感触を受け入れているのでしょう。

 衣服の生地として、夏は植物系(冷やす)素材として木綿、麻など。冬は動物系(暖める)素材としてウール、絹が上げられます。天然素材は生き生きとした命に満ちています。木綿、麻は草として伸びていき、ウールは毛として覆い、絹は繭を作ります。人工の素材とは異なる質があるのです。夏は熱を逃がし冬は暖かさを保つデザインのものが理想的です。夏は袖や襟から空気が入る物が涼しいでしょう。Tシャツやポロシャツはアイロンをかけずにすみ着せやすいのですが、肌にぴったりして風を通しにくく案外暑いものです。また袖なしより袖があるほうが汗を吸いやすく、襟も汗を吸うのにはあったほうが良いでしょう。ウエストのくびれが出来上がってない7歳以下の子どもには腹部でとまるズボンやスカートよりもお腹を覆うオーバーオールが着やすく動きやすいでしょう。しゃがんでだんご虫を捕まえたり背伸びして衝立に布をかけたり、飛んだり跳ねたりもぐったりして動き回る子どもの姿を思い浮かぺてください。足が自由に開かないタイトスカートや背中がまるだしになってしまうズボンなどは不向きです。大人と同じデザインの衣服は動き続ける子どもにはまだ早いようです。硬すぎる素材も同様です。居心地の悪さや不自由さを子どもは感じることでしょう。

 皆さんは色から受け取る印象を感じたことがあるでしょうか。色の好みは別にしてその色が持つ独特の気分や力があります。ある意味色には治療的な働きがあったりまた宗教的とも言えるかもしれません。
 シュタイナーは『色彩の本質◎色彩の秘密』(イザラ書房)という本のなかで赤と青について次のような例を挙げています。ある詩人の話です。彼女はいつも赤い日よけのある部屋に座っています。そうしていると刺激を受けて詩を作ることが出来るのです。人々が謙虚になるべき待降節(アドベント)が近づくとカトリック教会では司祭がミサのときに身にまとう服が青になる。人々は従順に、謙虚になる。内的に謙虚な気分を感じるのです。
 さて子どもは大人が明るい色を着るのを喜びます。黒色や灰色は命を感じさせない無彩色としてうつるでしょう。また男の子だから青とか女の子だから赤とかという観念は拭い去るべきでしょう。遊びに集中できるある程度の静けさのある色や柄が良いでしょう。赤、青、黄色、ピンクなど子どもが好む色です。無地の子ども服をなかなか探すことが難しいです。チェック柄やおとなしいストライプなども良いでしょう。小花模様も良いのではないでしょうか。不活発な子どもには青や緑、興奮しやすい子どもには赤や橙色の衣服を着せてあげることもひとつのアイデアです。子どもは色を補色の関係(赤を見ると緑を感じるなど)で感じ取ることが出来るからです。
 現代の子どもの体は非常に冷えているといわれています。低体温の子どもが増えているのです。体を冷やさないものを食ぺる。肌を保護する。衣服で暖かく包む。そんなことが求められています。

 0歳から7歳までの子どもは見守ることが大切です。叱咤激励し鍛えるのではなく年齢に応じた覆いが必要です。人の暖かさを感じることが出来るのは子どもの人生にとり大きな支えになることでしょう。

参考資料引用文献人智学講座「魂の扉·十二感覚」アルパート・スズマン著耕文舎+イザラ書房「色彩の本買◎色彩の秘密」ルドルフ・シュタイナー著イザラ書房

鈴木まゆみ(さくらクラス教師)